吐き出す大切さ

Good evening! and I’m happy to see you again:)

Today I try to writing this blog in English as much as I can.

Because I feel that way now and I want to writing English more quickly!

Recently, I often think I want to deepen my understanding of foreign countries more.

So I’m challenging myself to various things.

For example I actively speak to foreign people at work, I try to read foreign books,I try to sing foreign songs and so on.

Challenging makes me happy.

To see a new world open up my eyes!

That’s for all.

Thank you for seeing my blog.

言霊の力

Good evening!

珍しく連続更新。

今日はよく言われている、

思考は現実化する

と言葉にすればそれが叶うと言われている

言霊の力について。

実は4月20日からというもの、

私は仕事に行けない

いわゆる”おうち時間”を与えられた側になった。

販売員という職業柄、

店が営業出来無いため、在宅勤務も不可能だ。

最初の1週間くらいは

久々の三連休以上の長期休みに

心を踊らせる毎日だったが、

やはり1週間も過ぎれば、

日頃日中は外へ出稼ぎに行っていた時間が

ポッキリなくなったことで、

やはり時間を持て余してしまうことに気付いた。

時間があれば、

音楽に没頭出来るのに…とあれほど待ち望んでいたのに、

いざ、

自分の心が追いつかないうちに

自由な時間が出来ると

人はありったけの時間を持て余してしまうのかもしれない。

忙しい時にこそ、

あれしたい、これしたいの欲求が出てきて、

いざ時間が出来ると行動出来ないなんて

やはり人は無い物ねだりだ。

それと、私が、昼間に音楽をしない理由は別にある。

それは、

大学時代の没頭しすぎで手を痛めてしまった

過去の苦い経験だ。

私の性格上、

やると決めたからには、とことん

のため、

いつも0か100なのだ。

だから昼間からピアノに触ってしまったら

以前の24時間弾ける喜びの時代にワープし、

8時間弾いて、

結果手を壊すのが目に見えているのだ。

だから昼間仕事をすることを必然にし、

過去の自分に逆戻りしないように、

アパレルの仕事をしているのだが…

そして、

1週間を過ぎた頃私は考えた。

恐らく、この先の、人生において、

こんなに自由に

1日をのんびりと過ごせる

まとまった休みが取れることは

二度とないかもしれない。。と

そしてこれは私や働く大人たちに

神様が、くれた人生の夏休みなのだと…

では実際時間がたっぷりある今、

私に一体何が出来るのだろう。。

日雇いバイト?

スマホでコツコツ稼ぐポイ活?

副業探しのための勉強??

まず、日雇いバイトは

外出自粛の問題から物理的に無理だし、

スマホのポイ活は、せいぜいワンクリック1円ほどで

費用対効果が低過ぎる。

かと言って副業探しの勉強は

まだ目標が定まっていないから

本腰も入らないし。。

そこで、ある言葉を思い出した。

年収を上げるなら読書をしよう

という千田琢哉さんの言葉だ。。!

そうだ…!

最近すっかり毎日の習慣になった読書を

この先で時間がたっぷりある今にこそし、

一冊でも多くの本に触れよう…!と。。

そしてインスタで本格的に

本を紹介することを励みに続けていたら…

気づけば先月の読破冊数が

13冊になっていた!!

これは2月の7冊の実に倍。

日に換算して、

2日に一冊のペースである。

そしてなんとこの冊数は、

このブログのプロフィールに大きく掲げた

月にビジネス書5冊、小説5冊

を超えていた。

正直に告白すると、

目は通していたものの、

実際毎月この冊数(計10冊)を一字一句漏らさず

読了出来ていたわけではなかった。

しかし、実際購入し、目を通していたのは確かで、

「読書とは全て読まなくてもよい」

とある著者の本で学んでから

飛ばし読みでも読んだことには変わり無いと

自分に言い聞かせていた部分がある。

それが先月は、

文字通り一字一句漏らさずしっかり読了した冊数が13冊であった。

これは

プロフィールに大きく掲げたことで

実現した紛れもない証拠。

言霊の力を実感した瞬間だった。

夢を叶えるには、

・人に言うこと

・具体的に数値化すること

とビジネス書を開けば著者たちが

口を揃えて言っているが、

それはまさに本当だ。

実際、今ではすっかり読書なしでは

生きていけない生活になった私だが、

当初は一冊がなかなか読み終えられず、

いわゆる読書嫌いよりの人間だった。

それがあるきっかけを通し、

読書の素晴らしさを知り、

すっかりハマり、

本を知的に読む女性になりたい!!

と切望し、

実際コツコツではあるが、

理想に向かって行動を続けて結果、

小説一冊をゆっくりよんでも三時間程度で

漏らさず読了出来るようになった。

言霊の力を感じずにはいられない。

そんな宇宙の不思議な力を見方につけて、

ただの一般人の私が、

いつか音楽で日の目を見ることもやはり

可能なのかもしれない。

いや、可能にするのだ…!

また必ず、音楽を通して

自分で自分に

泣くほどの喜びをプレゼントしたい…!

コロナウイルスが教えてくれたもの

Good evening!

今日はコロナウイルスについて。

昨夜、たまたまテレビを見ていたら、

日々SNSの投稿を分析している専門家がおり、

その人のいうには、

昨今では「コロナ」、「ストレス」といったワードを

SNSに上げている人の割合が日に日に増加している

という話を耳にした。

そしてその数はなんと先月より40倍になるそうだ!

これは日に日に人々の心に対して

コロナウイルスがいかに私達にストレスをもたらす

邪悪なものとなっているかを物語っているだろう。

しかし、物事には必ず

どんなことにも

良い面と悪い面が存在する。

では、一見ただの私たちの生活から自由を奪い、

挙げ句の果てには無条件にも

人々の心に大きな”ストレス”を与える存在となった

コロナウイルスにはどんな良い面があるのだろうか。。?

それは恐らく、

「物に溢れていることのありがたみを痛感させてくれること」なのでは?

と思う。

自粛を余儀なくされてから、

私たちはよくも悪くも必然的に家にいる

つまり”外出しないこと”を強いられた。

どんなに家が好きな引きこもりがちな人であっても、

たいていの人は日々

徒歩5分圏内のコンビニには必ず行くだろうし、

1日中一歩も外に出ない

というのは今やなかなか苦しい時代になった。

そんな時代に突如、

「外に出てはいけません」

という事態。。

これは物で溢れ、便利な時代に生きてきた

戦争を知らない私たち、にとっては

本当に首を締められたような感覚になったことだろう。

しかし、

そこで人々は

自ずと”無ければ買えば良い”から

“今あるもの”へと目を向けざるを得なくなった。

いい例としてあるのが、

マスク問題だ。

飛沫感染が叫ばれるようになってから、

人々が藁にもすがるような思いで買い始まったマスク。

そして、不安が不安を呼び、

買い占めの先に起こったマスク不足問題…

これまで震災などで食料や水不足という

問題は幾度となく経験していたが、

まさかマスクがこの世から無くなるなんて…

まさかの事態に、誰もが狼狽えたことだろう。

しかし、

しばらくして彼らは気づいた。

そうだ!無ければ作ればいいのだと…!

それが今やブームと化している

マスク作り。

これは、

無いのならは買えばいい(多少値が張ってでも)

という単細胞的な考えしか持たない現代人に

ある意味大きな革命を起こしたのではないだろうか。

そして、

私たちは気付いた。

今まで何不自由なく出掛けられていたこと、

お金を出せば県外に行け、

飛行機に乗れば国境を超えて

世界を見渡せることが

どんなに恵まれていて、

どんなに幸せだったかを。。。

このコロナウイルス問題は、

一種の戦争だという人もいる。

確かに

誰がウイルスを持ってるか分からないという観点からすれば

一人一人が爆弾を持ってるようなものかもしれない。

しかし、それは

四六時中、

空から背中からB29が降ってくるのをビクビク恐れている事態と

果たして同じなのだろうか。

いや、

私たちは

“家にさえ”居れば

その爆弾から免れることができる。

毎日食料もあって、お風呂も入れて

何不自由なく普通の生活を送れるのだ!

こう考えたら、

やはり戦争時代の生活と同じにするの

違うのでは無いか?

と思う。

そして、

この問題により、

飛行機が飛べない、交通機関が止まるということで

幾分か地球がきれいになった。

という人もいる。

確かに、

一見経済が回らなくなり、

世界破綻のように見えたこの事象が、

地球温暖化の進行を緩める

という

プラスを生んだのだ!

やはり、物事には

必ず良い面、悪い面の両方が存在する。

コロナウイルスが教えてくれたもの。

それは私達に

「物がなくても生きてるだけで幸せ」

という

本質的なことなのかもしれない。。

コロナ 予防策

Good evening!

and long time no see。。:)

今や世界的問題と化している新型コロナウィルス。

皆さんは日々どんな気持ちでお過ごしだろうか…

私はというと、

インフルエンザもしかりだが、

あまり過敏に影響されないタイプの人間のため、

そこまでコロナ鬱的な心理状態には陥っていない。

いや、どちらかと言うと

マスク着用開始が遅めだったり、

強行突破のディズニーランド決行だったり、

異常なまでに心配する母に

「そんなに心配してどうするの?」と

投げかけるくらいのため、

他人よりも

ドシっと構えているタチかもしれない。

そして、

今私がこのような精神状態を保て、

あまり心をコロナ問題で侵食されずにいられる理由は2つある。

まず一つは、

少なくともここ10年はインフルエンザに罹っていないことだ。

数年前、

友人がインフルエンザになった時も、

家族が皆なった時も

自分だけは菌をもらわずに凌げた

という過去の経験が、

“自分は人より免疫に長けている”

という確証になり

結果コロナにも罹るわけがない!

というメンタル維持の強さに

繋がっているのだと思う。

もう一つは、

これまでの”日々の徹底した食生活”だ。

というのも、

我が家は、5年前に添加物の恐ろしさを知って以来

「カップラーメン、冷食、コンビニ食禁止令」が出た。

厳密に言うと、

物理的にそのようなことを掲げた紙を貼ったりはなかったため、

“禁止令”は大袈裟なのだが、

極度の心配症な母は

コンビニのおにぎりを食べている私達を見つけると

「そんなの食べてはダメ!」と注意し、

しばらく食べ物を買う前には

添加物の欄に”ph調整剤”の記載が 

あるか否かを必ずチェックする

という習慣がついたほどで

それを半端強制される環境下にいたため、

禁止令と名付けることにした。

近頃は、現代において添加物0の食生活は、

求めようがない…というところに帰結し、

だいぶ寛容にはなったものの、

やはり冷食、カップラーメン、コンビニは

身体によくないから、

なるべく控えよう!

という精神はいまだ根底にしっかりと残っている。

そのため、

どんなに忙しい朝も

調理パンには手を出さず

ご飯に納豆、卵焼き、

夕飯もご飯、味噌汁、主菜(野菜重視)

というスタイルが続いているのだ。

ふと振り返ると、

手軽に出来合いの食品が溢れている

この時代に、

我が家ほど徹底している家は少ないのではないか

と感じる。

そんな二点から、

私は、

自分がコロナ患者になる気がそもそも起きないのだと思う。

***

安倍首相が2月末に発表した

“今後数週間が大幅拡大への分かれ道”との発言は

数週間我慢すればいい

と感じた国民の期待を大きく裏切り、

「いつまで続くのだろうか…?」

という不安へと日々変化していっているだろう。

では、

こんな状況下で私たちは一体何が出来るのか…

マスクを肌身離さず着用することだろうか?

いや、

私が一番手っ取り早く効果的だと思うのは

「マインドの変換」だと思う。

自分も罹るかもしれない…

怖い…

という

正体不明の敵を相手に

びくびくする不安、恐怖心が

その物事を寄せつけてしまうものだ。

ならば

そんな不安を抱える暇があったら

「罹ってたまるか!」

という反骨精神に変えよう!

そして、

うがい、手洗いを

人よりこまめに、丁寧に、実施する

“行動”へと移そう!

人が心配になる要因の一つに、

“何も出来ないから”という理由があげられる

と思う。

ならば

現時点で予防策として唯一証明されている

うがい、手洗い、(手元にあればアルコール消毒)

を人より多めに行おう!

そして、予防を日々多めに取り入れよう!

その”行動の蓄積”こそが、

不安を払拭するきっかけとなり、

気づいた時にはマスクなしでも

不安にならないマインドを

作りあげてくれるのではないだろうか。

花粉症 克服

Good evening!

・今日は

『花粉症』について書こうかと。

まず私は、

中学時代に重度とも言える花粉症であった。

授業中にすら鼻を噛まないと

下を向いていたら鼻水が垂れそうになるほどだし、

鼻をかみすぎて、

挙げ句の果てには鼻の下が真っ赤になるほど。

しかし、

その時に一生分の鼻水を出し切ったのではないかと思うほどの

辛さを経て

その後は高校生では花粉の時期になると、

少々目がかゆくなったり、

鼻水の症状も授業中は耐えられるようになり…と年々軽症化し、

ついに大学に上がる頃には、

花粉の”か”の字も反応しないほどに…!

これには、

自分自身、本当に驚いたが、

きっかけは

中学時代の酷い時期にテレビで聞いた

“自分に合うヨーグルト(自分で美味しいと感じるもの)を食べると花粉症が治る”

という少々信じがたい話であった。

始めは、

そんな、食べ物なんかで治ったら苦労しないじゃない…と

半分呆れ気味で聞いていたのだが、

元々ヨーグルトが好きだったわたしは、

藁にもすがる思いで、

その話を知った翌日から

美味しいヨーグルト探しに勤しんだのであった。

そして色々試した結果、

森永から出ているアロエヨーグルトが

一番好きなヨーグルトに昇格し、

朝食のデザートに加わっていった。

・・

そんな生活が気づけば数年続き、

ほぼ毎朝食べていたヨーグルトは

わたしの好きな食べ物へと

変貌を遂げ、

大学生では間食にヨーグルトを食べるほどになっていた。

そして、その後

「あの時テレビで聞いた話は本当だったんだ、

信じて美味しいヨーグルト探しを始めて本当に良かった」と

ひしひしと痛感したのだった。

そして、

その変化に興味を持ったわたしは

“花粉症でヨーグルトが直る説”について

ネット検索をしてみた。

すると、

どうやら

花粉症は一種のアレルギーのため、

自分の中にそれに対する抗体がつけば、

身体が反応しなくなる=花粉症の症状が出ない

ということを知る。

つまり、厳密に言うと

治ったのではなく、

それに対しての免疫がつき、

結果として体が反応しなくなる、

=花粉症の症状が現れない。

ということなのだ。

昔から免疫の強化には、

発酵食品が良いと言われているから、

なるほど、

ヨーグルトは免疫付けに打ってつけの食材だったのだ。

ということで、

花粉症にお悩みの皆様、

花粉症は 

ヨーグルトで治ります…!

ので、

明日からぜひ日々の食生活に

ヨーグルトを加えてみてはいかがでしょうか。。?

日本人の花粉症で苦しむ方が一人でも減ることを願って…。

ではまた*

ディズニーの力

Good evening!

はてさて、

先日、実に4年ぶりくらいにディズニーへ足を運んできました筆者です。

自分の写真フォルダをのぞいてみると、

見事に約4年おきにディズニーへ行っていたことがわかり、

「オリンピックと同じ頻度かいっ!」

と思わずツッコミを入れたくなってしまった。笑

そして、4年ぶりに行った感想は…

羽伸ばすってこういうことを言うんだな。

って感じ。

出かける朝は

なんと5時起き。

(田舎育ちの筆者は基本都内へ出るにも2時間は掛かる。)

そして家に着いたのは…

なんと、日付が変わった1時!

ということで、

単純計算で、

25時-5時=20時間

遊んでいたことに。

近頃は、アラサーになるにつれて、

徹夜すら出来ないくらい体力の衰えを感じていて

なんなら、遊んでも基本12時間後くらいには

決まって帰宅していた私。

この年になっても

一日中遊べる自分に正直びっくり!!

と同時に、

楽しい時間は

本当に時間が経つのを忘れさせてくれるのだなと感じた。

今回、

ディズニーに行って一番自分で意識して見ていたのは

“ここのキャストはどのようにお客様を喜ばせているのか”

という点であった。

これまでは、

ただのお客様としてアトラクションを楽しむだけにフォーカスしていたが、

“ディズニーのおもてなしは素晴らしい”

という類の本の存在を知ってから、

次行く機会があれば、

この目で確かめてこよう!

と密かに心に留めておいたのである。

そして

見えてきたのは、

“笑顔の向こうにある更なるお客様をハッピーにする姿”

であった。

お土産を買う中で、

友人が、ぬいぐるみを購入し、一度袋を要らないと断ったのだが、

やはり持ち帰り用に欲しいということになり、

やっぱり袋を一枚ください。

と言う場面があった。

そこで、

キャストはすかさず

「はいどうぞ」と即対応をしてくれ、

更に

「お荷物入れて行かれますか?」

と一言。

ここで、

私はディズニーのおもてなしは

この後の一言が言えるか否かなのだなと感じた。

袋をくださいと言われたら、

そのまま言われた通り、

袋を与えるのがゴールではない。

その先を読み取り、

ぬいぐるみを抱き抱えるお客様を見て、

これを入れるための袋なのだなと察し、

であれば、

袋を開けてあげ、

ぬいぐるみを入れるところまでお手伝いしよう!

という心遣い。

これこそがディズニーの目指す

おもてなしの形なのだ知った。

今回の体験は、

私が販売員としての立場でも生かせる学びとなった。

お客様の今抱える不安を取り除くだけでなく、

その先に求めていることを先読みする心遣い。

明日からさっそく

日々の接客で心掛けていきたいと思う。

引き寄せの法則 やり方

Good evening!

今日は巷で良く聞く”引き寄せ”について書こうかと。

よく、類は友を呼ぶと言う言葉を耳にするが、

引き寄せとはつまりこれに似ているとも言える。

まず、

プラスの思考はプラスを引き寄せ、

マイナス思考はマイナスを肥大化させるのが世の掟であり、

それは

“病は気から”や

お母さんが子供を宥める時に使う言葉からも実証されていると思う。

最初の”病は気から”に関しては

私も自分でここ10年程インフルエンザにかかって居ないことで実感しているし

(なんなら予防接種も高校受験時の一度きりである)

後者の

“痛いの痛いの飛んでけ”

の効果についても、

幼少期に自分がされる側の時と、

物心ついて自分より年少の子に対してする側の時に

痛切に感じたものだ。

そして今大人になり、

プラスの感情(病気は気持ちの持ち用でならない、

痛いのは飛んでくもの等)を自分が抱き

それを相手に放てば

相手にもその波動が伝わり、

病気にならない、怪我が良くなる

という結果がもたらされる

という世の摂理という観点で理解出来る。

では、

その時何が働いているのか。。

それはズバリ

“引き寄せ”

なのである。

“病は気から”

と思っている人が感じていること、

それはつまり、

“病気にはならないと信じていればならない”

という強い思考であり、

それは”病気をしない”という現実を引き寄せているということ、

“痛い痛いの飛んでけ”

と発するお母さんは

“痛いのは飛んでくもの、

すぐ良くなるよ”

という思考をしているため、

その後その親子に訪れるのは、

“痛いのが治る”という現実。

ということ。

少し前まで、

引き寄せってよく聞くけど実際本当かな〜と

最後まで疑っていた筆者が言うのだから

本当なのだ。

現に、

“私の未来は良くなる!絶対良くなる…!!”

と暗示のように日々自分に問いかけ信じ続けた結果

数年前は、

苦しみに打ちひしがれ、

毎日いたずらに朝を迎えていたのが嘘かのように、

今では朝起きた瞬間に

“過去より今がすごく良くなった”と

感じることが出来る。

つまり”良い未来”を引き寄せたのだ…!!

ただしこの引き寄せには落とし穴が一つあった。

それは”否定形”は判断出来ないということ。

例えば美容室で

“変なヘアスタイルにされたくない”

“変にならないといいなぁ”

という状態の時、

実はこれは否定形になっていることに気づく。

すると、

引き寄せが否定形を受け入れられないとどうなるか…

つまり

“変なヘアスタイルにされたい”

と変換されてしまう。

よってこの時出来上がるのは

“変なヘアスタイル”

というわけだ。

実はこの

“否定形は判断されない”

という引き寄せの仕組みについては私は盲点だった。

思えば、

上手く行かない時、

私の思考は

「〇〇にならないといいなぁ。」

と考えていることが多かった。

緑内障の疑いが出た時は、

「症状が進行していないといいなぁ」

上司と上手く行かない時は

「今日もクレーム来ないといいなぁ…」

など。。

そのため決まって結果は

“緑内障が進行している”

“クレームまがいのことが起こる”

というオチであった。

この時は

人間の”願い”の力の強さを知った後だったこともあり、

「こんなに起こらないように願っていたのに…!」

と怒りさえ覚えていたが、

この、

引き寄せは否定形を判断出来ない

という仕組みを理解した時

すごく腑に落ちたのだった。

***

さあ!

引き寄せは

“プラスもマイナスも引き寄せる”

という原理、

また

特に睡眠前の思考は未来に直結する

という摂理に従って

・私は将来お金持ちになる

・健康で長生きする

・独奏ピアノを人前で披露出来る

という

プラスの思考のまま寝ることにしよう!

ピアノ 練習時間

Good evening!

今日はピアノを弾く人なら

一度は向き合ったことがあるであろう

練習時間問題ついて書こうかと。

まず、

皆さんが何気なく耳にしてきた

“練習すればするだけ上達する”は本当かについて。

これについては色々議論の余地があるだろうが

ひとまずこれを問題にする前に

一つ有名な話をしようと思う。

いわゆる”10000時間の法則について”である。

これは人間が、何か物事を習得するのに

10000時間必要で、

大体10000時間を費やすと、

その分野を特技と言えるくらいにすることができ、

また言語やスポーツにおいて

その事柄を習得出来るという目安のことを指すが、

この法則に則って考えると、

“練習すればするほど上達する”という話には信憑性が湧いてくるだろう。

しかし、

私は正直、スポーツや言語の習得においては10000時間の法則が成り立っても

音楽には必ずそうとは

言い切れない部分があるのではないか

と感じている。

というのも、

音楽の上達には

スポーツや言語のように

技術だけではなく

“表現”という100回やったからといって身につくものではない、

要素があるからだ。

この”表現力”の部分に関して、

最初はもちろん、先生を通して

“もっと優しく”や

“表情豊かに”などという

感覚的なアドバイスとともに先生の弾き方を真似るなどして習うことができるが、

ある程度の段階に来ると、

自分で

“こう弾きたい、表現したい!”

という欲が、出てきて

楽譜を紐解くこと、

ピアニストのCDを参考にするなどを通し、

自分で

その曲ごとに表現を作り上げ…

という作業の繰り返しによって

力を磨いていく。

そのため一見すると、

やはり曲数をこなすほど、

つまり”練習すればするほど上達する”理論が成り立っているように思うが、

ここで大事なポイントは

表現力を磨く際の、

CDを参考にする、文献を読む、

楽譜を読み込み紐解く

という段階においてはいわゆる

ピアノに面と向かって”弾く”

つまり”練習する”という工程なしでも

表現力の向上が見込める点だ。

むしろ、

音楽、楽器演奏においては

よく”人柄が音に表れる”と言われるように

その人の性格、今の心理状態などが、

音色にダイレクトに反映されるため、

ピアノから離れて

客観的な視点から曲の構成を見つめ直したり、

その作品が出来た年について文献を読んだり、

時代背景から作品の理解を深めたりすることが

“どんな音色を出すか”

“この時作曲家がどのような気持ちで曲を作ったか”など

曲の本質を理解するための大きな手助けになるものだ。

そして楽器の上達には

技術力、表現力の両者が必要不可欠であるため、

人より練習時間が取れないため、技術が高くはないが

抜群のセンス、表現力を持ってるがゆえに、

いわゆる”上手い演奏”をする人が出てくる。

この”表現力”の要素は

時に技術力をも超えて人々の心に訴えかけるのだ。

私は、

音楽という

“生きた”生の音を扱う楽器演奏においては

この”表現力”こそが楽器の上達に必要な要素であると感じている。

そのため、”練習すればするほど上達する”

は直接的に成立しないのではないかと考える。

そして最終的には、

その人が生まれ持ったセンスや

これまで歩んできた人生経験までもが

演奏に反映されてしまうこの分野。

そのため、スポーツや言語と違って、

“誰でもやれば出来るようになる”と

は異なる上達への道筋に、

難しさを感じつつも、

練習時間が思うように確保出来ず、

周りより自分は上達していないのではないか

と、感じる楽器弾きにとって一縷の望みがあるのではないだろうか。

そしてこの部分こそが

音楽にはゴール、つまり完成

がないと言われる所以であり、

いわゆる醍醐味である気がする。

声質

Good evening!

今日は人が持ってる”声”の力について書こうかと。。

私は

幼少期ハスキーボイスだった時期、

散々自分の声は低いと思い

合唱ではなんの疑いもなく

“アルト”を担当してきた。

しかし、

大学で副科として声楽という分野に手を伸ばし

歌を本気で学ぶにつれて、

自分の音域を広げることがすごく楽しく、

またどんどんと昨日出なかった音が

今日は出るようになって…

というなんだか未知の森を一つ一つ探っていくように

新たな世界が見えることにハマってしまい、

今では真ん中のCから数え2オクターブ上のCまで

出るように成長した。(一応出るようにはなったものの、しっかり音程として機能するにはまだまだ熟練が必要だが…)

つい5年前では高い”G”がようやく出るレベルだったが、

今ではAs、Aがとても心地良いと思うようになったのだから、

“歌い続けると喉が慣れる”

というのが本当だと実感している。

そして今ではむしろ中学生、高校生では楽に出ていた

真ん中のCより下の音域を出すのが苦しい。

人の慣れとは恐ろしい物だと感じる。

そして、

高い音域を拡張してきた中で思うのは、

人は歌える音域が広がれば広がるほど、

声の柔らかさやツヤに磨きがかかり、

いわゆる様々な”声質”を持つことができるのかもしれない。

“ふわふわした声”

と一昔前にはバカにされていたとさえ

思っていた自分の声質だが、

それは翻って、

柔らかい=人に安心感を与える

という意味では

この声質が

愛情たっぷりの曲調や

バラードの音楽の深さ

を表現する手助けになるかもしれないと感じている。

まだまだ自分の声に自信は持てないが、

歌うことが無条件に楽しい!と思える今、

歌えるだけ歌い続け、昨日より今日、今日より明日と

自分の声を歌を

育てて行きたいと思う。

正直、ピアノへの愛が1000だとしたら、

声楽への愛は500ぐらいなのだけど、

いつか、

1000+500で

ピアノ愛と声楽愛が相乗効果で

どちらも1500となるように。。

私は明日からも

弾き続け歌い続ける…

ピアノの超絶技巧は弾けないけれど、

その代わり音楽を歌とピアノで二倍に楽しめる。

なんて贅沢なんだろう。。

時間改革

Good evening!

今日はふらっと立ち寄った本屋さんでみつけた

堀江貴文さん著書 「時間改革」に継いて書こうかと。

まずこの本を手に取ったきっかけは、

サブタイトルの

“1秒もムダに生きるな”

という文字に目を惹かれたからだ。

というのも、

中学生の時、文集に

“人生の格言”みたいなのを書く際に

私は

“1秒もむだにしちゃいけない”

という言葉を選び、

その時は、

歌手のbump of chickenの

ある曲の一フレーズとしてこの

言葉を書いたのだが、

それからというもの

私の根底にはずっとこの

“1秒も無駄にしちゃいけない”という考えが根付いていて、

時間は有限ということを意識して生きてきた節がある。

それが今日たまたま赴いた書店にて、

“時間革命”というインパクトある題名の本を見つけ、

思わず手に取った。

直近では、

「時給思考」金川顕教

を読んでいたのもあり、

Time is money.ならぬ

Time is l ife.(時間は人生そのもの)

という考えにすごく共感した。

〜アウトプットへん〜

・他人の時間を生きてはいけない。

→時間には「自分のための時間」と

「他人のための時間」の2種類しかない。

好きな仕事、趣味、やりたいことである「自分時間」が多いほど人生の質は高くなる。

・「多忙」と「暇」は同義である

→暇を感じている時は時間をドブに捨て続けているのに等しい。

退屈な時には頭の中に「ロクでもない考え」が湧いてきて、それがストレスや人のバカな行動へ駆り立てる原因に。

そのために目指すべきは「多動」

余計なことを考える暇がないくらい、自分の心が躍る予定だけで、時間を埋め尽くそう!

・シンプルとスピードが最強

→世の中はトレードオフが原則。

本当に大切にしたいこと”以外”は全て手放し、自分の根本的な欲求に向き合うこと。

・行動量は情報量に比例する

→すぐに行動できる人とそうでない人の違いを生み出しているのは「情報量」の差。

「動き続けられる人」になりたければ「情報量」を増やせばいい。中途半端な量の情報で満足しているから、かえって身動きが取れない。

・努力するな。ハマれ。

→「こんなものにハマっても、どうせお金にならないし…」というブレーキをかける必要はない。気になったら、まずはそれにかぶりついてみること。

・経験とは自分で足を踏み出した歩数

・睡眠時間を削るのは寿命の「前借り」

→眠ることは人生を充実させるための最重要事項。

・ウソが一番のストレス源。常に本音で生きよう

・ネガティブなことを考える前に動け

→「今」を生きればストレスはなくなる

・「いつか」なんて長期目標は実現しない

→長期目標はいまやるべきことを「先延ばし」にしているのと同じ。意味があるのはそれを立てた1秒後に行動に起こさざるを得ない「短期目標」

結論:

人生に革命を起こすには…

“今”を生きることが全て。

人間は過去も未来も生きられないから。

明日のパフォーマンスを最高のものにするためにも

今夜も私は12時前就寝です。

ではまた*

レッスン後 振り返り

Good evening!

今日は真面目に音楽の話題について。

先日半年ぶりの声楽レッスン行ってきた所で感じたことを書こうかと。。

ずっと歌いたい!表現したい!

という気持ちは溢れんばかりあるのに、

11月のピアノ伴奏のコンサートを終えてからというもの

その時の悲惨すぎる本番による不完全燃焼感から

“自分はやっぱり本番に強くないんだ”という自己嫌悪や

練習を重ねていく上で曲目が多いがゆえに、

細かいブロックごとの練習が疎かになり、

結果的に全体の完成度が下がってしまったり…

という自分はダメだ、ダメだ…のループが

ついにはピアノのみならず、歌うことすらしたいと思えず、

約1カ月間、

幼少期の子どもでいう”嫌々期”

みたいな謎の音楽拒絶期間になり…

ようやくまた”音楽やりたい!”が降りて来たのは12月も終盤になりかけた時だった。

楽器を本気でやったことのある人は経験があると思うが、

この、

好きなのに上手く行かないから

逃げたくなってしまうという何とも言えないジレンマ。

これになると厄介で、

今までそれこそ寝る間も惜しんで、

弾く時間、歌う時間を捻出するくらい没頭していたのに、

この苦しみのドツボにハマったとたん、

楽器を見たくも触りたくもなくなる時がある。

しかし、

その時も”また好きに戻りたい!”

“本当はまた弾きたいんだ!”

という本音の声だけは心に強く留めて、

火を消さないでいれば、

その苦しみもがいた先には、

一歩成長した自分がいることも

知っている。

ただ、その渦中にいる時は、

これまで大好きだったものが

一瞬で嫌いになった”悲しさ”や、

弾けない箇所がある自分に対しての”悔しさ”

など色々な感情がないまぜになり、

なんとも表現出来ない

やるせなさに襲われる。。

よくピアノを習う小さな子どもが

練習中に泣き出してしまうのは、

この弾けない悔しさと悲しさが混ざって爆発した

実はなんとも愛らしい姿なのだ。

そしてその弾けない状態が頻繁に起きたり、長期間続くと、

弾けない→先生に怒られる→練習したくない→上達しない→辞める

という結末に陥るだろう。

しかしながら、

そこで弾けない悔しさを

絶対弾けるようになってやる!

という闘争心や頑張るエネルギー

に変えられたなら、

その子は周りが弾けないどんな曲でも

“弾ける子”へとなるチャンスを得る。

もちろん、気持ちがあるだけで

果たして”どんな曲も弾けるのか”

と言われると、

はい、必ず弾けます

とは断言できないが、

少なくとも強い想いと決意があることが

難曲に挑むための一番の”源”

になることは間違いないだろう。

逆にいうと、

“弾けない”を”弾ける”へ

“出来ないを”出来る”へと変えるのは

そこにかける強い想い、

意志があってこそ初めて可能になるのだ…

そんなこんなで、

指の回りは愚か

指の開きすらもオクターブ超えの9度を

ようやく悠々掴めるようになった程度の

全く持ってピアノ歴と技術が比例していない私だが…(一応ピアノ歴は20年超え、、)

現在、6曲目となるショパン エチュード

黒鍵に果敢に挑んでいる次第である(^^;

黒鍵の難易度、難所についてはまた今度*

他人の不幸は蜜の味

Good evening!

まず、誤解のないように最初に断りをいれておくが

私は”他人の不幸は蜜の味”には断固反対派である。

むしろ、他人の不幸だって出来るのであれば一緒に悲しみたい派だし、        

そもそも結婚する時なんかによく聞く

これからは2人で楽しみは倍に            辛いことは半分に… という文言みたいに

どちらかというと  “辛さや苦しみ、不幸”の要素は減らしてあげたいと思うお節介焼きだ。笑

ではなぜ今日はこのタイトルについて言及するのか…

それは、最近周りをよく見ると、

まさに”他人の不幸は蜜の味”

がごとく振る舞っている人が割といる

世の中だなと気付いたからだ。

悲しいかな、

コンピューターの普及、スマホへの進化…

という著しいIT化が進むにつれて

年々、人々の心もどこか冷めたものになり、

小学生からはいわゆる”思いやり”がある優しい子供が減ってきている

と感じている人は筆者だけではないはずである。

それはつまり、

心の綺麗な持ち主が減ってきて、

それがエスカレートすると、

他人の不幸が恨めしく思うがゆえに、

無差別殺人を起こしてしまう引き金になったり…

という事態を招く小さな要因にさえなっているのかもしれない。

そして、そんな心の小さな人の共通点。

それは”他人の不幸は蜜の味”=自分への優越感と感じていること。

だと思うのだ。

人の欠点、悪の面を見て安心したり、

はたまた嘲笑うことを通して自分の優勢を保つ…

なんて悲しいのだろうと思う。。

この世の法則である、

“出したものが返って来る”という仕組みからすると、

この状態から生まれるのは、紛れもなく

『欠点や悪の面を見て安心される自分』だし

嘲笑った自分に返ってくるのは、もちろん

『嘲笑われる自分』なのだ。

そんな負のスパイラルから生み出されるのは

永遠に暗黒の負の連鎖だけだ。

どうせ生み出すなら、

周りが、世界が、元気になるエネルギーを作り出したい。

やはり人の”幸せ”を祈ることはあっても

“不幸”を祈ることはないのだ。

この殺伐とした現代で、

“他人の不幸は蜜の味”の間違いに気づいてくれる人が

一人でも増えると日本にも少し明るい未来が見えてくる気がする。

セルフコーチング

Good evening!

実はここ最近毎日2時間練習が出来てることもあり、

ちょっぴり腱鞘炎気味の筆者です。笑

笑、って書いてるけど、

実際笑えない。。

iPhone11Proが、実に重い。。。

まあ、たまの痛みは

ピアノ弾きあるあるということで、

“身の入った練習が出来た”

と前向きに捉えることにしよう…!

うん!

気を取り直して、

今日は

「セルフコーチング」について。

私がこの言葉に出会ったのは、

一冊のある本のお陰。

タイトルはズバリ、

『自分の人生が愛おしくてたまらなくなる100の質問ノート』

である。

この本を手にしたときのことは今でも鮮明に覚えている。

アサラーに近づくに連れて、

周りが結婚、出産、、

の嵐になり、

いわゆる”置いてけぼり感”に苛まれ、

音楽をやる時間を取りたいという思いはありながら、

実際には仕事に日々の人生の時間を蝕まれていて、

それこそ

“自分って何だろう?”

“何の為に生きていて、

これから先何か楽しみはあるのだろうか?”

と無限のループにハマっている時、

そんな自分の気持ちを立て直す為に、

駆け込み寺的にふと本屋さんに立ち寄った時に見つけた一冊。

いつもと同じ書店には何故か気が進まなく、

ひょんな思いつきから

ちょっぴり遠くの書店に足を伸ばして見つけた

今思えば、”こっちの書店に行ってごらん”

という神からのお告げだったのではないか

とすら思う

運命の出会いを果たしたこの本との出逢い。。

それからというもの、

今日まで約1年間大事に温めてきた本だ。

読書家の私が、

何故1年間も”温めてきた”のかというと、

実はこの本は、

ドリル形式で本にどんどん書き込みをする

いわば本というよりも

“自分と向き合うドリル”のような形式のものなのだ。

そして、

タイトルのセルフコーチング。

“セルフコーチング”という語の意味はなかったため、

分けて説明すると…

・セルフ=自分自身

・コーチング=目標達成や自己実現を促すためのサポート

つまり、

セルフコーチングとは、

自分自身の目標達成自己実現を促すためのサポート

ということだ。

具体的には、

今ある現実と思い描く理想を書き出し、

さらにそこの両者の間にある”ギャップ”を見極めて

“理想に近づけるために今からできることは何か”を明確にし、

そこから炙り出した、

“今から出来ること”を日々意識し、

また行動に移すことで、

思い描く理想が現実に近づいていくという

自分自身の思考を

コーチング(促して)いくということだ。

これまで、

数々の”思考は現実化する”という類の本を

読み漁って来て、

自分のセルフイメージが

現実を作っていることは薄々感じていた。

しかし、

具体的に何をしたら良いのかがはっきりしていなかった。

その答えは、

“この本を通して自問自答し、

現実と理想を細分化し、

文字で具現化する”

ことが近道だったのだと今なら分かる。

セルフコーチング、

とことん自分に理想を問いかけ、

一体わたしは

“何が好きで何が嫌いなのか”を明確にする。

そして、それがわかったら

“好き”一色の人生にしていけばいい…

気付いた時は自ずと

“自分の好き”だらけの

ハッピーな人生になるのは言うまでもない。

最後まで読んでくださり

ありがとうございました^^

では、また*

ワンネス

Good afternoon!

久々に12時間睡眠をした筆者です。

はてさて、

今日はワンネスについて。

ワンネスとは、

oneness=一つのこと、

つまり、

この世は全て一つに繋がっていることという

“考え”を指す。

実は私の周りの人も物も空気も、

全て目に見えない素粒子で繋がっていて、

エネルギーを発しており、

同じ波動で繋がっているとしたら、

そこに負のエネルギーがあれば負の連鎖が、

プラスのエネルギーがあれば

プラスのエネルギーの連鎖が起こるという

ことだ。

確かに、

例えば嫌いな人を目の前にしたとき、

“嫌い”と一言で片付けて、

近づかないようにしたり、

はたまた目の敵にするような態度を取れば、

そこには負のエネルギーが発生するため、

自分も、また、そこにいる嫌いな人以外の

人物にも負のエネルギー、波動が伝わっていってしまう。

しかし、

逆に、

嫌いな人を

「この人が、ここにいるのはなぜだろう?

私とは基本的に、波長が合わないけど、

どうしたら上手くやっていけるだろうか?」

など、

“上手く”やっていく方向、

つまり

そこからプラスのエネルギーに変えていけるよう

考えの方向性を

プラス面にフォーカスしていけると、

そこからは

苦しく悩む最中にも、

私の中からプラスのエネルギーが発されるようになる

ということ。

お天気が、雨でつい、憂鬱になりがちな日も

前向きな人は、

“恵みの雨”だと捉え、

更には雨に感謝し、

“雨の日”という、

“ジメジメ”した空気、

どんよりしがちな環境から

一瞬でプラスのエネルギーを発していけたら、

その周りの人は、

その人に影響され、

雨で憂鬱だった気持ちも、晴れ

ついには笑顔になり、

そこにはプラスの波動が広がるだろう。

普段の、何気ない日常こそ、

ワンネスの精神で

“全ては一つに繋がっている”

と捉えられたなら、

自分からプラスのエネルギーを発して、

更には周りを巻き込んでしまおう!

と思えるはずだ。

自分よりも人の幸せが嬉しい。

かつて私はそう言っていたが、

その時は

自分も、満たされて幸せだったということだ。

まずは自分から。

そして自分が幸せだと、相手にも幸せが伝播する。

だから、

安心して、

まずは自分から幸せを感じて行こう…!

PayPayボーナス

Good afternoon!

先ほどたまたまメールを見たら…

Pay Payボーナス1000円を付与しました!

というメッセージが届いていました〜!

先日、

iPhone 11Proに機種変した際、

店舗の人から、

「アプリ取ると、お客様だと今無料でPayPayポイント600円程が付きますよ〜」

とご案内され、

(ん?PayPay?

今流行りのやつね〜

知ってはいるけど使った事ないしなぁ〜

面倒なのかなぁ〜)

などと思っていたが、

店員さんの後押しもあり、

その場でPayPayデビューを果たした私。

そしてあれよあれよと登録を済ませて、

PayPay残高を見ると

724円の文字が…!

これは貰っといてよかった〜と思い、

その足でドラッグストアへ

日用品を買いに走ったのでした。笑

今、

周りを見回せばどこでも

『キャッシュレス』

の文字を目にし、

“PayPay払い”に関しては、

本当にどこでも導入がしている

支払い方法。

その他

“LINEPay”や”メルペイ””楽天Pay”など、

数々のPay払いが目立ってきた昨今。

無闇な多用も考えようだが、

時代に乗り遅れない程度には、

試していこうと思う。

シンクロニシティ

Good evening!

今日はシンクロニシティについて。

まず、シンクロニシティとは

ユングが提唱した”意味のある偶然の一致”

のことで、

同時性などと訳される。(Wikipediaより引用)

例えば、

*電話をかけようとした瞬間、電話しようと思った相手から掛かってくる

*会いたいと思っていた人と街で会う

*好きな人が別の繋がりの友達の知り合いだった…

などである。

今日私が出会ったシンクロニシティは、

*たまたま先日自分の読んでいた本に出てきた町の通りと同じ通り名を見つけたこと。

*たまたま相手が口にした職業が、

自分に最近身近に意識していたものだったこと。

の二つだ。

まず、

一つ目の”街中で本と同じ、通り名が出てきたこと”

はもはや

本当に偶然の偶然で、

その通り名を聞いた瞬間、

ハッとさせられた。

まるで今日、ここに来ることが必然だったかのような…

そしてこの本の作者名も、なんと

最近身近に感じていたある人の名前と、

漢字は違えど、読み方は同じ

という

シンクロニシティ。

本当に驚きの連続である。。!

そして、このシンクロニシティには

頻繁に起こる時と起こらない時があるようで、

特に自分が一番意識している人の周辺で

起こりやすく

驚きと共に神がかった何か

を感じさせる現象なのだそうだ。

一生懸命、何かに没頭していると、

その中で偶然の一致

がたくさん起きる。。

そしてこれを起こすコツは…

波長の合う友人や知人とどんどん知り合いになる、

出会うたびに「快」を重ねることで、

どんどん人間が好きになり、

ますます良い友達が出来る、

すると、

いつの間にか同じ周波数の人間同士の、

目に見えないネットワークが出来、

「類は友を呼ぶ」という、

ことわざのとおり人は同じにおいを感じる人間を好む、

そしてこういう人達は行動範囲や興味が似ていることが多く、

似たようなタイプの知人も知り合う可能性が高くなる…

という仕組みだそうだ。

(ある恋愛本より抜粋)

そして、この本によると、

シンクロニシティとは

「自分の心に素直に生きてる人」

にこそ訪れる奇跡だそうだ。。!

この文を見たとき、

近頃私が変わったことといえば、

*とにかく自分にフォーカスして、

本音を書き出していたこと。

*自分の”好き”に正直に

全てを素直な心で選択するようになったこと。

を思い出した。

シンクロが起きてる背景には、

自分の素直に生きる姿があったのだなと

すごく嬉しくなった。。♡

2020年、

オリンピックイヤー。

何か自分の中でハッピーが起こるような気がして仕方ない、

いや、

起こすのだ!

そして、

このシンクロニシティの頻発にも、

大きな感謝をしよう…!

自分に正直って、

心も疲れないし、運も良くなって

いいことづくしだ!^^

感謝すること

Good morning♪

今日は、

感謝することについて書こうかと。。

まず、

最近私は、

感謝することは実は人の為じゃなく、

“自分のため”になるという気付きを得た。

なぜなら以前までの私は、

感謝というと、

何かにありがとうという気持ちを表すことで、

それは人に自分の感謝の気持ちを”伝える”

という大切なコミュニケーションの一つ、

と思っていたからだ。

しかし、

本質的な所では、

感謝をすると

*当たり前が、当たり前でないことに気付く

*ありがとうを口にして、

笑顔のエネルギーを世の中に放つと

自分がハッピーになる

*自分がどれくらい恵まれているかに気付く…

など、

感謝は実は”自分のため”にあり、するものなのだ

ということに気付く。

よく、感謝する人は上手くいく。

成功者はありがとうをよく口にする…

など言うけれど、

宇宙の

“放ったものが返ってくる”の自然の摂理で考えると、

それは当たり前の仕組みなのだ。

だから私も、

まずは今に感謝しよう。

仕事でトラブルが起きたから嘆くのではなく、

人事異動で馬の合わない人に嘆くのではなく、、

まずは、

*トラブルを経験し、自分が成長出来るチャンスに恵まれたことに感謝。

*馬の合わない人が異動して来てくれたおかげで、

人間関係を勉強させて貰えるチャンスが来たことに感謝。

こうしてリフレーミングし、

更に感謝の気持ちを乗せたら、

悩みやグチが、

あっという間に

プラスの出来事に変わる。

感謝の力ってすごいなぁと思う瞬間だ。

最後まで読んでくださった方、

私の拙い文章にお付き合いくださり、

ありがとう。。☆

という気付きを得た

受動的娯楽

Good afternoon!

今日は、

以前読んだ「神・時間術」に載っていた受動的娯楽と能動的娯楽について書こうかと。

まず、それぞれ受動的娯楽と能動的娯楽とはなんなのか…

簡単にいうと、

受動的娯楽は

テレビ、やスマホゲーム、動画視聴など集中力を伴わない受け身的な娯楽を指し、

それに対して能動的娯楽は、

スポーツ、読書、楽器演奏など、集中力や身体を使い、また自己成長に繋がる娯楽を指す。

この事実をこの一冊から得た私は、

読書をするようになってから

スマホゲームやテレビの時間が以前より激減し、

家でテレビを見る息抜きの時間をしなくなった自分に気付いた。

しかし、

一方で、

疲労困憊で外出すらしたくない時などは

集中して

見逃したドラマを見返したり、

昔から大好きなシリーズのドラマをまとめて視聴したり

することが増えた。

一見、動画視聴という点においては、

私はYouTubeなどでドラマ視聴している時間は

受動的娯楽をしていると取れるのかもしれないが、

そこには集中力があり、

一つの気分転換、または頭を休める時間として計画的に

ドラマ視聴の時間をとっている自分がいるため、

目的意識を持った動画視聴の時間は、

時と場合によっては、

能動的娯楽に近いのかもしれない。

と気付いた。

何が言いたいのかというと、

この「神・時間術」の著者が言っていることは

最初は

なるほど、そうなんだという気付きで受容したが、

その内容を

受容し、自分に生かそうとした時に、

自分の意見で疑問が浮かんでも不思議では無いのかもしれない、

それが、

新しい気付きとして機能するのかもしれない。

ということだ。

人の意見は一意見に過ぎない、

“学ぶはまねぶ”だが、

真似した先には、

より新しい自分の意見も加わることがあるということ

を感じた。

こんなことを書いていて気づくことは、

日々、自分でも驚くくらい、

色んなことに頭を巡らせている自分自身がいることだ。

でも、

大切なことやオンリーワンを生み出す人は、

人と違った見方が出来る人だからなのだろうとも思う。

いい意味でも悪い意味でも、

感受性が豊かという性格を生かして、

人が気付かない所を敏感に感じ取って行きたいと思う。

時給思考

Good afternoon!

はてさて、

今回久しぶりの月火連休。

私は週4勤務、週3休みのスタンスのため、

今週は実質、週4休みの週3勤務だ。

半年程前の閑散期は、

下手したら週2勤務の状態だったが、

昨年、秋以降は週4勤務が確立されており、

コンサートの練習日や連勤疲れで一日何も出来ない日を除くと、

週3休みでも、

自分の練習時間は確保出来て

その中の1日または1日半分くらいになる。

それを踏まえて、

自分の理想の働き方を考えた時に、

週の半分は働きたくない。

すなわち、週3勤務で、週4休みがいい。

という答えが浮かんだ。

それを今実行すると、

時給ベースの私は

即刻、低給与

という形で

翌月の生活に支障が出てくる。。

しかし、世の中には、

一日4時間の働きで

年収1000万円を稼ぐ人がいるわけで、

その違いはやはり、

“自分にスキルがあるかどうか”

雇われている以上、

どんなにレジ打ちや作業が高速化しようとも

時給が2000円になることはない。

しかし、

自分のスキルさえ高めれば、

例えば音楽の世界では、

1時間のコンサートで100万円を稼ぐ音楽家もいる。。

同じ1時間なのに、だ。

まだまだひよっこの卵かもしれないが、

その時給を稼げる可能性を秘める分野の世界を

見聞きし、

肌で感じた音大卒生として、

この技術を生かさない手はないだろうと感じている。

心境の変化

Good evening!

めでたく16日、

ようやく、無事に、

新年の初弾きが出来安心している筆者です。

2020年の幕開けは、

年末からの出勤の連続で、

唯一の休みである元旦は、

まさかの寝て通り越すという

インパクトある年明けとなりました。

そして私の心は

洋服売りながら常に、

ピアノ弾きたい、弾きたい、弾きたいの無限ループ。

これまで仕事中は音楽を切り離していたのに、

最近”弾きたい”が炸裂しています。

これは完全なる、心境の変化。

自分の身体が整って、

心の声が聞こえた瞬間。

あぁ、私やっぱり音楽で一日覆い尽くしたいんだなって。

1日8時間弾いてたいと素直に思う、

4年ぶりの感覚。。

そして今年は、

声楽の初歌いが先行で、14日、

ピアノの初弾きが16日でした。

年明け中々時間取れないな〜と思う中、

しかし焦りもせず、

自分のペースで、

しっかりと歌い始め、

弾始めを迎えられたから

すごく良いスタートを切れた気がします。

今年の目標は3ヶ月ごとに声楽レッスン。

ピアノは出来れば年に2回。

を目標に駆け抜けて行きたい…!!

そして今日気付いたこと、

それは

私にとって歌は

“癒される”ものであり、

ピアノは

“頑張って幸せを感じられるもの”

であるということ。

きっと

“仕事は遊びの感覚にすると上手く行く”

という仕組み?

で行くと

うた→仕事

ピアノ→趣味

の方が向いてるんだとは思う。

とりあえず、来月ドイツ歌曲のレッスンがんばる。

あれ、歌なのに頑張るになってる。笑

気張りすぎず、

伸びやかな声を求めて。。。

ではまた*

4000円 ボールペン

Good evening!

年始早々、4年ぶりのスマホ機種変が恒例となり、

最新のiPhone 11 Proをゲットして筆者です。

はてさて、

突然だが、

皆さんはボールペンに4000円という額は高いと思う派だろうか…?

私は正直、

3、4年前の思考が全く違く、

お昼は500円!なんて決めていた自分の時は

恐らくあり得ない!と思っていた派だ。

しかし、人生の在り方や自分の幸せ、などを本気で考え出してから、

1000円のコーヒーや

4000円のボールペンなど

普段の何気ない消耗品への値段の価値観が

ガラッと変わった。

それはつまり、

その時の節約で

その場凌ぎにお金を使わないことで

安く済ませればお金が貯まる安心感より、

実は思い切って高級な物を買って、

それを使う度に得られる幸福感は

プラスレスだと

学び、痛感したからだ。

人はなぜ、

900円のカルビより、

5000円のステーキを食べた時の方が、

満たされるのか…

それはズバリ、

いつもの手の届く額を安全に手に入れるより、

少し、いや太っ腹にがんばって出せる金額を

手元から出した方が

“いつもとは違った景色”を見ることが出来、

同時にその時

いつもとは違う感覚を体験出来る、

新たな自分に出会えるのだ。

理想の先取りとはよく言ったもので、

人間その場に順応するように出来ている為、

マックよりファミレス、

ファミレスより高級レストラン

と日々の選択をグレードアップしていくと、

自然と高級レストランを選択する自分になり、

最初はぎこちなかった姿でも、

いずれ高級レストランに見合った所作が身につき、

その場に馴染む自分へと自然な形で変化し、

最初は四苦八苦して出していた金額が

“当たり前”に出せる自分へと進化するのだ。

これに関しては、

高級思考を重ねていくうちに、

自分周りの人間関係が変わったり、

日頃からの見る目が変わることにより、

高級思考の人間がこれまでより目に付くことで

自分もそっちの空気に触れることが多くなり波動として、

お金持ちなオーラに寄せ付けられたりして、

結果自分がそれに見合った時、

デートする相手がグレードアップして…

とか他人的な要素が絡んだりもするけど、

その過程において、

なりたい自分へのステップアップに必要なことなら、

理想の自分へと連れて行ってくれる確実な道筋になるんだと思う。

“世界は自分の思い通りになる”

最初この言葉を聞いたときは

なに綺麗事言ってるの??

と反感しかなかったけど、

ここ数年、理想の先取りをしてきた私なら分かる。

人は、

自分の見たい景色をそのまま生きているのだと…。

だとしたら

見たい景色を少しずつグレードアップしていけばいい、

ただそれだけ。

私達は案外、単純な世界に生きているのかもしれない。

ではまた*

幸せはこぼれ落ちない

Good morning!

and

HAPPY NEW YEAR!

今年はお正月返上で、

アパレルの初売りに勤しんでいます、筆者です。笑

今朝、家の鍵をカバンに入れたことを

不安になり、

ガサゴソと鞄を物色する母を見て思ったこと。

それは、

“幸せはこぼれ落ちない”ものなのでは?

ということ。

例えば今の鞄の中にあるはずの鍵を探すときに、

ここに絶対入れたから鍵はあるはず!

と思って探せば”ある”し、

絶対入れたんだけど、

もしかしてこぼれ落ちたかな?

と不安になって探せば、

“ないかもしれない”というフィルターごしに探すから

見つかるのに時間が掛かってしまうだろう。

そこで感じたのは、

幸せも

こうしたら私は自分を幸せに導ける!!

絶対的な自信を持って、

一つ一つ確実に幸せへの階段を自分で駆け上がっていけば

こぼれ落ちることはないのかもしれないということ。

鍵を鞄に確実に入れるみたいに

“幸せを受け入れる器”に

確実に一つ一つ納めていけば、

幸せは逃げることもこぼれ落ちることはないんだな…。って。

そう思った時、

なんだか自分がすごく無敵になれた気がした。

人間、

幸せも不幸も結局最後は気の持ち様。

今年クリスマスも年末年始もなくて仕事に返上していることも、

周りを見回せばお正月9連休の人を羨ましく思うだけだけど、

見方を変えれば、

アパレル社員に年末年始もお正月もないことを

身をもって実感出来るいい機会だ

と言うこともいえる。

実際、年末年始を7連勤もしていては

世間一般のお正月恒例の

初詣やおせち料理、実家でまったりという

お正月の”お”の字も感じる

余裕や時間もないからである。

翻って、

私は将来パートナーとは

お正月は理想はハワイで過ごす(出来れば母も連れて)

なんてまったり過ごしたい派のため、

この先どんなに心許せる人が現れようと、

生涯共にする相手はアパレル業界には居ないだろう。。と

感じる。

そんなこんなで、

私のアパレル人生最後の初売りになろうとしている今日。

今までの接客力を総動員して、

しっかりエネルギーを放出して、

お客様もスタッフも幸せに導けるような働き方を

してきたいと思う。

肝心な音楽の新年の初歌い、初弾き話はもう少し先になりそうだ。。

スマホ 威力

Good morning!

先日、久々にお店で英語のみの接客をして、

それをなんとか最後まで突き通せて、コートの成約が出来たことが

今でも嬉しい私です。笑

さて、今日はふと最近感じたことについて書こうかと。

それはズバリ、

スマホの威力について。

そもそもスマホって、いつからメジャーになったのか。。?

気になって調べてみたら…

2007年「iPhone」発売

2008年 ソフトバンクが日本でiPhone販売開始

2009年 ドコモがAndroid搭載のスマホを販売

2011年 auがiPhoneを販売開始

LINEリリース

という年表を発見!!

なんとiPhoneは発売から12年も経ち、

またこの年表の

ガラケー時代、スマホ時代の分かれ目が

発売の翌年2008年からスマホ時代に

なっていることから、

スマホの普及の発端はソフトバンクのiPhone販売が大きく影響しているのだと知る。

さて、話は戻して

題名にあるようにスマホの威力についてだが、

最近の私達は良くも悪くもスマホという

たった200g前後の小さな四角い機械に

左右されて生きているような気がする。

電車を見渡せば、乗客の約9割が

片手にスマホを持ち寡黙に画面を見続ける光景。

なんならスマホに目を落とさず、

向かいあった人と目が合ってしまったら

お互いに目のやり場に困り困惑することさえある。

そういう社会現象に

悲しく虚しい気持ちを抱くとともに、

ある時は

スマホという小さな機械に救われることさえあることも事実だ。

例えば、

気分が乗らなくてやるせない時、

落ち込んでどうしようもない時、、

これまでであれば音楽で気分を切り替えたいと思っても、

自分の聞きたい音楽にありつくためには

他の端末のiPodやMDウォークマン、

CDプレーヤーなど

を別に用意しなければその音楽に助けてもらえなかった。

しかし、スマホが普及した今、

ポケットからその音楽を鳴らして、

瞬時にその音楽の世界に誘ってもらうことが、

瞬時に気分高まる曲に助けてもらうことが出来る。

更にYouTubeを起動すれば、

そんな気分転換を映像からすることも出来る

のだ。

使い方によっては、

日本にいるのに

一瞬でハワイにいる気分になれたり、

脳科学的な癒しの音楽や映像で、

物理的にその時のストレスを軽減したり、

スマホという小さな端末が

瞬時に人間の気持ちを軽く出来る

特効薬になっているのも確かなのだ。

これは、ストレスを溜めることの多い時代、

またそれが原因で病気になってしまい…

という”現代の陰”の部分に

明るい光をもたらし、

また一つの人々の心を楽にするという点においては

凄まじく画期的な方法なのではなかろうか。

とも思うのだ。

何事にもプラスとマイナスの面がある。

こんな便利な道具を使わない手はない!

“スマホ依存症”が叫ばれ、

とにかく離れること、使用時間を短時間にすることがいいのか、否か。。

私は以前まで完全に前者であった。

しかし、冷静に考えた時、

スマホなしではもう生きていけないし、

それなら、常にないと不安という依存にさえ気をつけ

“使われる”

ではなく

“使いこなす”

がベターなのではないかと考えた。

これからの時代はきっと

何事においても世間の意見や流れより

“自分の確かな判断”が

勝敗を分ける気がする。

どんな時も、

「自分にとってはどちらがベターなのか」

その問いかけを忘れずに

賢く生きていきたいと強く思う筆者である。

親子

Good evening!

今日のこと。

朝ひょんなことから、

なかなか、聞けないであろう領域の質問を母にすることになった私。

ズバリ、

“結婚相手の親戚付き合いって出来るなら無い方が楽?”

と。。

この年の親娘となると、

大抵の話ネタは結婚まがいの話が多い。

しかし実際は、お互い顔色を伺って

本当は話したいのに出来ない母、

本当は意見が聞きたいのに、出来ない娘

と変に気を遣ってしまうのも確かだ。

そのため、我が家でも

外食に出掛けた時、

特に私にお酒が入っていて上機嫌な時など

お互いに心開いている状態の時に

ようやく話題になる程度で、

普段は”足を踏み入れてはいけない領域の話”と

お互いが黙って了承してる節さえあるような

気がしている。

ただ、親としては年頃の娘に対してはそれが一番気掛かりなことだし、

なんなら”娘がどんな人と一緒になるのか”を見届けることが

親の務め、または最後の楽しみと思っているかもしれない。

まだ親の立場を経験したことのない私にとっては

その時両親が抱く心配の度合いなんて未知数だし、

はたまた年頃の息子がお嫁さんをもらえないと嘆く母親の気持ちなんて

到底分かりっこないけど、

確かなことは、

多かれ少なかれ、

その時、そのご両親は本当に娘、息子のこと心配し、

心を痛めているんだろうということ。

そして冒頭の質問に対して母からは、

“あなたが好きになった人なら、

受け入れるわ”と返ってきた。

あぁ、親ってやっぱり条件云々でなく、

ただ無条件に娘、息子の幸せを願える存在なんだな

と感じた。

これが無償の愛というのだろうか。

小さいことで言えば、

どんなに疲れている時でも

我が子の笑顔を見たら

疲れが嘘のように飛んでく、

と語るパパやママ。

どんなに自分がお腹が空いていようが、

愛する我が子に譲ることを心底嬉しいと感じ、

結果その子どもが喜ぶ姿で胸いっぱいになり満たされるママ。

…など。

血の繋がった親子関係だからこそ抱ける

理屈を超えた感情や

そこに芽生える愛情なんかは

時に常識や体裁、

自分の気持ちをも超越する力があるのだろうか。

なんてことを考えた時、

普段は子育てをする自信がない私も、

そんな守れる存在をこの手に抱きたい。

とふと思う。

アラサー真っ盛り。

やむを得ない母性に

年齢には逆らえないと言われている気がする。

受信から発信

Good evening!

ある時、ネットサーフィンをしていた時のこと

「20代の生き方で人生の9割は決まる」

という本のタイトルが目に…!

著者の金川顕教さんの本は以前

「年収300万円はお金を減らす人

年収1000万円はお金を増やす人

年収1億円はお金と時間が増える人」

というのを読んで衝撃を受けたから

もし、このタイトルが本当に現実に起こってしまったら恐ろしい!

と思い…

即購入!

ここから先はこの本からの学びを掻い摘んで記録。

〜アウトプット(Chapter4まで)〜

・1日最低400字

LINEやメールの普及でまとまった文章を書く機会が激減。

文章を書く=思考力を鍛える

仕事に必要な思考の構成力=書くことで鍛える

・3秒以内に決める

直感は自分の本音

・月に100冊、本を買う、でも読まなくていい

本は買うだけでタイトルが記憶される

・妄想をビジョンにする

妄想は自分をかきたてるエネルギーに。

・勘違いは高くジャンプする踏切板

・オレ、ラッキーを口ぐせに

起業家に共通しているのはすべてラッキーと思い込む能力を持ってること

・心配しているヒマがあったら、進もう

心配ごとの97%は起こらない

・ゼロからスタートしない

新たな成功はこれまでの人々の成功プラス何か、から生まれる

・スマホに使われない、使いこなす

こまめな使用は集中力の低下

・脱マルチタスクで3倍速仕事術

【整理→腕試し→後回し】

同時進行ではなく簡単なものから片付ける

・大人の勉強は秘するが花

・苦手は克服しなくていい

・人脈は金脈

無駄なく役に立つ人脈をつくろう

・人ではなく昨日の自分と比べる

・メンターを徹底的にマネる

→同じ思考、行動、習慣=同じ結果

・見た目と声を磨き上げよう

などなど…

一番印象に残った所は

“文章を書く=思考力を鍛える”

の一行。

文章を書くことって発信していくことで、

又自分の言葉を文字にすることで

鍛えられる要素なんだと学んだ。

ブログは自分のために書く、

これをモットーにこれからも書く、書く、書く!!

Chapter5以降のアウトプットはまた次回!